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映像作品《嘘たちを使う》2026年
本作は、一卵性双生児の妹が綴った痛みの記憶の私小説を、私が朗読することで構成されている。映像には、その朗読と並行して、私が制作した三点の金属造形作品を使い、演じる様子が映し出される。
本作の基盤には、鍛金制作における体験がある。金属の板に、妹と私の顔写真を重ねたポートレートを転写し、それを金槌で叩いていく。金属板を叩き、徐々に形が立ち上がっていく過程の中で、過去のトラウマ的な記憶が想起されると同時に、それらが変容していくような、生命が宿っていく感覚が生じる。
映像では、妹の記憶と言葉と、私自身の制作行為に伴う記憶とが重なり合い、交差していく。朗読される声は、たしかに私自身のものなのだが、次第に妹の声のようにも、あるいは別の誰かの声のようにも聞こえていく。この変化を通して、記憶の主体が揺らぎ、自己と他者の境界が曖昧になっていく。
映像作品《双生児の記憶のかたち》2025年
一卵性双生児である妹と自身の顔写真を重ね、それを金属板に転写し、金鎚で打ち、叩く。鍛金行為によって徐々に変化していく顔は、妹でも自身でもない、別の誰かのようになっていく。同時に、妹が解離状態で執筆した小説『え・き・す・と・ら』を朗読した音声を映像に重ねる。たしかに自分自身の声のはずなのに、次第に妹の声へと置き換わっていくような、奇妙な錯覚を覚える。
本文の端々には、幼少期から現在に至るまで、彼女を取り巻いてきた痛みの記憶が垣間見える。それは「妹の記憶」なのか、それとも「私たちの記憶」なのか──。
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